2014年05月13日

偶然完全

こんにちは。お疲れ様です。

今回は雑談です。

先日、NHK総合にて、「ラストデイズ 勝新太郎×オダギリジョー」という番組を見ました。

勝新太郎の軌跡をオダギリジョーが追う、という内容の番組で、大変面白かったのですが、勝新太郎の名言で偶然完全という言葉が出てきました。

大雑把な意味は、「台本通りの映画ではなく、偶然起こった出来事を取り入れることで、完全な映画が出来上がる」というものです。
人生は偶然の重なりなので、リアリティを追及するために偶然を取り入れるというのは、ある意味理に適っていると思いました。

私はこの言葉を聞いて「世の中に無駄なことなんてない」と自分が良く言っていたことを思い出しました。
遊び好きな大人も好んで使う言葉ですが、私はこの言葉を生徒に対して話していました。

私は、学生時代の塾講師から始まり、教員まで、延べ10年程、学生相手の仕事をしていました。
良く受けた質問(愚痴)の一つが「〜の勉強をして、何か役に立つの?」というものでした。

それに対する答えは、「そういう決まりなんだから、黙って勉強しなさい」という無茶苦茶なものから、「どこかで役に立つよ。無駄になることは無いよ」という当たり障りのないものまで、自分の中でいくつか、パターン化されておりました。

学生が相手だった時には、「正しいこと」を教えなきゃいけないという意識から、私の視点は固定化されていたと思います。

今やっている仕事は、基本的に大人相手の研修なので、「どういえばこの人は納得してくれるか」を常に考える習慣が身についているように感じます。

今なら、学生からの質問に対して「無駄かどうかは、最後までわからないよ」という答え方をしそうです。


…と、テレビを見ながら考えておりました。

今、私が研修業務や社労士、カウンセラーの仕事をやっているのは、所々偶然が重なった結果でもあります。結果的に、視野が広がった(多分、かなり多分、いや、勘違いかもしれませんが)のであれば、偶然によって完全に近づけた、ということなのかもしれません。

…わずかに近づいただけで、完全にはまだまだ程遠いですが。


今日はこんなところです。今回も最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

posted by 坂元修二 at 23:28| Comment(0) | 一般